Un sentimento

どうしてこうなってしまったのか、なんていうのは今さらな自問自答だ。
 なってしまったものは仕方がない。
 仕方がないが、だからと言って納得できるものでもない。
 というか、納得したくないのが今現在の鏑木・T・虎徹の今の心境だ。
 


 シャワールームで汗を流していると、疲れがすべて吹き飛んでしまうようで心地いい。
おじさんだのなんだの言われても、たとえそう、あまり活躍できなかったとしても。

 市民の平和を守っているのだという自負だけは決して忘れないし、忘れたこともない。
 精一杯ヒーローとしての務めを果たすために日々をまい進していくだけ。
 今日も自分が捕まえたわけではないけれど、相棒のバーナビーがしっかりと犯人を逮捕してくれた。
 まあ、ちょっとばかりバーナビーの嫌味には辟易しないこともないが、今日もまた一人、犯人を捕まえる事が出来て市民を守ることができた。
 悔しくないわけではないが、すべては市民のために。
 そう思えば、なんとなく気持ちも楽になる気がした。
 今のシャワールームには虎徹一人きり。
 だれにも気兼ねすることなく鼻歌なんか歌いながら、どうせならバスタブもあればいいのに、なんて思いながら身体を洗う。
 年寄りだからなが風呂なんだ、なんて周りは言うけれど、そんなのに年齢は関係ない。
 身体を洗っていると、ドアの開く音がして、ヒタヒタと足音が聞こえる。
「まだいるんですか、先輩」
 聞きなれた声に、虎徹はゆっくりと振り向く。
 仕切りのスモークガラスの向こうに、見知った人影が見える。
「あぁ? うるせぇ。気持ちいいんだよ」
 声ににじんだいつもの軽い嘲笑に軽口で答える。
 風呂が気持ちいいのは真理なんだと零し、だが、シャワーブースに持ち込んだ時計で時間を確認するとすでにもう、1時間以上経過していたことに逆に驚いた。
 確かに若干、手足がふやけてきたような気もする。
 そろそろ出ようかとシャワーを止め、ブースの扉を開くと、まっすぐにこちらを見てバーナビーは立っていた。その瞳に揺らめいているのは怪しい色。背筋にうすら寒いものを感じて、バーナビーの横を何食わぬ顔で通り抜けようとする。
「ま、さすがに出るわ。バニーもさっさと帰れよ。いい時間だからな」
 片手をひらひらと振って、すっとさりげなく、バーナビーの横を通り抜けようとして、虎徹はあえなく失敗した。
「ちょ…なにすんだよ。離せよ」
 あり得ないほどみっともなくうろたえて、ただ手を掴まれただけなのに大げさに振り払おうとするが、思いっきり手首をつかみ上げられ振りほどくことができない。
 そう、予想していた。いや、勘違いだと言い聞かせていた。
 それがあっけなく崩れていくほどの力強さ。思わず逃げ腰になっても許されるだろうか。
 左手首を思いっきり掴まれ、顔をしかめてバーナビーを見れば、その表情は驚くほど無表情で、普段とはかけ離れすぎていて。
 そしてその視線が虎徹よりも何よりも、左手の薬指に注がれていることに、嫌な予感はさらに募る。
 バーナビーは一体何を考えているのか。
 自分はそう、いい年をしたおじさんで。鈍感で気づかないふりをしていたし、実際鈍感なほうだ。そう、虎徹は考えている。
 そんな鈍感で人の感情というものには、どちらかといえば8割が他の人間が鈍感なのは間違いないと納得するような、人間でも、うっすらと気づいていた。
 時折感じる、身体の芯から焼けつくされるような激しい感情。
 それは憎しみか、愛なのか。それとも欲情?
「先輩は、無防備すぎます」
 低く響く声に、ぞくっとしてしまう。つい今しがたまでシャワーを浴びていたというのに震えが止まらなくなる。
「な、何が…?」
 思わず声が上ずり、どうにか逃げられないものかと虎徹の頭はフル回転を始める。
 だが、いくら手をほどこうとしても一向にほどけない。こんなにも力に差があったのかと気づかされ、逆に愕然としてしまう。
「僕の気持ち、気づいているんでしょう?」
 その一言で、今まで見ないようにと蓋をしていたものが、解き放たれるような感覚がした。
「ずっと、気づいてたんでしょう」
 気づいてなんかいない。そう言えればいいのに。そう言えばいいのに。
 なのに言葉が出てこない。
 どうにか誤魔化そうと口を開くが、声など出てこず、みっともなく口を開閉するだけだった。
 気づいてない。わけがない。
 気づいていた。時折腰に触れる手に、その視線に。気づいていないわけがない。鈍感な虎徹でも気づいた。
 本当に気付いたのか? 気づかされたの間違いじゃないのだろうか。そんな自問自答が駆け巡る。
「ねえ、先輩。わかってるんでしょう?」
 じりじりとバーナビーが押してくるせいで、後ろに下がるしかなく、そうしているうちに、ドン、と背中に固いものが当たる。
 わずかに視線をそらして確認すれば、案の定それはシャワーブースの壁。先ほどブースの扉をあけっぱなしで出てきてしまったせいで、あえなく半個室に押し込まれた。
 ひんやりと冷たいタイルは、逃げ場がないことを教えてくれる。
「待てよ、バーナビー」
「待てませんよ」
 哀願は無駄に終わる。
 あっさりと両手を捻りあげられ、一応腰に巻いていたタオルははらりと落ち、手を捻りあげられた鈍い痛みに虎徹顔をしかめる。
「扇情的、ですよね」
 舌舐めずりでもしそうなねっとりとした声に、情けないながらも小さな悲鳴を上げそうになって、すんでのところで飲み込む。
 バーナビーは器用に虎徹の手首を押さえたまま、足で落ちたタオルを拾い上げると、そのタオルで虎徹の両手首を一纏めにする。残った端をしっかりと壁に固定されているシャワーノズルに結びつけてしまう。
 これでどれだけ抵抗しようとも、両手をあげた状態で虎徹は身動きできなくなる。
「あぁ…先輩。ずっと、触れたかったんです」
 そっとメガネをはずし、おもむろに服を脱ぎだす。
 しなやかに整った筋肉は若さを象徴するように躍動的で、思わず見とれてしまう。
 自分にもこんな時期があったのだと、こんな時ですら若さに嫉妬してしまう。
 あっという間に全裸になったバーナビーは、乱暴に服をブースの外に放り投げ、シャワーブースの扉を閉じる。
「こうして……触って…」
 バーナビーの両手が虎徹の身体のラインをなぞるように、そろりと動く。
「ぐちゃぐちゃにしてみたかったんです」
「な……なにがっ…」
「ナニって……ナニでしょうね?」
 くすりと笑われ、虎徹の中心に手を延ばされる。
「やめろっ…!!」
 ひきつった声がシャワーブースにこだまする。
 萎えていたものに、すらりと長い指が絡みつく。ねっとりとあおるように、器用に指は動く。
 微妙なつぼを心得た動きに、欲は煽られてゆく。
 普段しないわけじゃない。だが、いつ以来だろう? シタのは。
 相手なんていない。もう、特定の相手はこりごりだった。特別を作るのは……怖い。
 解放に飢えた身体は、あっけないほど簡単に上りつめさせられる。
 あっけないほどはしたなく立ち上がれば、バーナビーは小さく口元をゆがませる。
「虎徹さん、いいですか?」
「う…るさいっ…」
 身体の反応を見れば、イイのは間違いない。息も上がり、心なしか身体もうっすらと上気している。
 なのにそれをわざわざ聞いてくるのは、ずるい。だが、得てしてする側とはそういうものだろう。
 確かめたくて仕方ないし、言わせたくて仕方ない。
 虎徹だってそうだったのだから。ただ、相手は男ではなかったが。
「ほらほら、先輩。もうどろどろ」
 わざと声をかすれさせ、バーナビーは下芯を握っていた手をゆっくりと虎徹の前で開いて見せる。
 糸を引くほど粘ついた液体は、ぐっしょりとバーナビーの掌を汚している。